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ブッチャー

公開日: : ブログ

日本において外国人レスラーではデストロイヤーと並ぶ知名度じゃないかな。アブドーラザブッチャー、誰もが知ってるよね。この2人に続くのが、ハンセン、ホーガン、マスカラス、ファンクス、アンドレ…。年配者になるとそれにテーズ、ゴッチ、ブラッシーなんかが入ってくるのかな。ともかく私は日米でよくブッチャーと飲みに行った。興が乗ると♪エーメンエーメン♪って歌いだす。案外愉しい酒である。プエルトリコでは私は通算1年居た。ブッチャーはそこではトップヒール。地元のヒーロー、カーロスコロンと毎回メーンで血生臭い戦いをやっていた。同じホテル。よく飲みに行ったなぁ。ラムコークばかり呑んでいた。私には少々甘過ぎ。ラムロックで付き合った。いつも朝方近くまで。宵っ張りであった。私も若かったからトコトン付き合ったもんである。飲みに行かない時でもたまに深夜、部屋に電話がかかってくる。夜なかなか寝れないらしい。深夜にまた何処かで飲みたいのか。または日本マットのビジネスの話か。めんどくさく、そこまで付き合う気はないから強く拒否
する。「…わかった」と寂しそうな声で電話を切る。あのブッチャーがねぇ(笑)。私がアメリカ遠征時、ブッチャーは新日本プロレスで試合していた。だが、全日本時代ほど本領発揮が出来ず苛立ちがあったんだろう。何かにつけて愚痴を言ってたな(笑)。ギャラは全日本時代より良かったようだが。ちょうどスタンハンセンがグングンのしてた時だよね。また全日本にカムバックしたいことは確かに言っていたなぁ(笑)。1982年のNWA総会がプエルトリコのサンファンであった時、直接馬場さんにブッチャーの気持ちを話したことがある。馬場さんは「そうか…」と苦笑いしただけだった。当時は新日本と全日本とで外国人レスラーの引き抜き合戦の真っ最中。ハンセンとシンも全日本のマットに上がっていた。ブッチャーが全日本にカムバックしたのはブロディとほぼ同じ時期の1987年だったんじゃないか?以前と比べて数は少なかったが何度かその頃も一緒に飲みに行った。ゴチになるケースが多かったが、たまに私が金を払うとキッキッ‐てな感じで笑って喜んでいた。先日国技館で 久方ぶりに会った。長話は出来ず挨拶程度だったけど相変わらず張りのある声と笑顔が健在なのが嬉しかった。

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Comment

  1. より:

    渕選手へ
    Mr.ブッチャーのお話、拝見しました。プロレス雑誌でのイメージが大きくて、スーツ姿にサングラスの写真のイメージです。ご馳走してもらった時の笑顔が想像しにくいですが…はにかんでおいででしょうか。お酒の好みまで伺う事が出来ました。貴重な情報を綴って頂きまして、どうもありがとうございます。日本を代表するお酒の季節が参りました。くれぐれも深酒など為さらず、どうぞお疲れになどなりません様、ご自愛くださいませ。

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