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1973年3月

公開日: : 最終更新日:2018/03/04 ブログ

45年前の今頃、まだ19歳だった私はプロレス雑誌に載ってあった全日本プロレス事務所へと茅ヶ崎のアパートから向かった。六本木7丁目にあるインターナショナルビル7階と8階が当時の全日本プロレス事務所だった。初めての六本木。なにぶんその頃は東京都内に全く疎かった。とにかく、その事務所を探した探した!たぶん1時間近く探したな。ようやく道路をはさんだ旧防衛庁のはす向かいのビルがインターナショナルビルだとわかった。北九州の両親が翌年の成人式用にと買ってくれていた三つ揃いの茶のスーツ、そしてネクタイ姿で私は最初に7階に上がった。むろん履歴書持参である。最初に会ってくれたのは大庭営業部長。50歳ぐらいですでに頭髪はなかった。一緒に8階に行き、後にリングアナウンサーになる原軍治さんと米沢渉外部長共々我が履歴書を見てくれる。3人の役員がレスラー志望の若僧の面接をしてくれた。「レスラーになりたいんだな。渕正信…。北九州からわざわざ?」「いえ、今は茅ヶ崎に住んでます」「大学まで行ってるのに」「中退しました。どう
してもプロレスラーになりたくて」「勿体ない…。今は馬場社長はハワイに行ってて居ないんだよ。明日午前にまた来てくれる?運動着持参で。恵比寿の道場に案内するから」「はい、わかりました」。7階も8階もそれぞれそれなりに広く、昼過ぎだったが約10人程の社員が忙しそうにしていて活気があった。翌日早起きした私は再び同じスーツ姿で、もう9時過ぎには六本木事務所には着いていた。さすがに10時過ぎないと事務所は開かないと思い、バッグ片手に当時の朝の六本木を散策した。防衛庁あたりから四つ角越えて瀬利奈近辺…。いも洗い坂、今はないミスタージェームスやテンダラーセブンが今では懐かしい。朝の六本木は穏やかなもんだった。後年、夜の六本木界隈を散々荒らし回る状況になるとは当時弱冠19歳の純真な若者の姿からは想像すら出来ない(笑)。若手社員に連れられて恵比寿の全日本道場の山田ジムに着いたのは午前11時前。キックボクシングジムと合同の道場。蛍光灯が何本か点いてはいたが、薄暗くカビ臭い古道場。すでに誰か来ていてリングを竹棒き
で掃除している大男がいる。アマレス界から鳴り物入りで入門した話題の新星鶴田友美。後の大エースジャンボ鶴田である。いくら鳴り物入りでもその頃は一番の新弟子。鶴田さんがたった一人でリング掃除をしていた。私の履歴書を見て「アマレスやってたんだ?」「はい」「すぐに着替えろ!」「えっ?」と。運動着に着替えると準備体操なんか何もさせて貰えずにいきなりのアマレススパーリング。私は高校時代、インター杯国体出場経験者だが、相手は元オリンピック選手。子供扱いだ。身体の大きさも違う。担がれ投げられ押さえ込まれ、へとへと状態になった頃、コーチ役のマシオ駒さんがやって来た。そして佐藤昭夫さん、百田光雄さん、サムソン轡田さん、藤井さん、肥後さん、最後に大熊元司さんとサンダー杉山さん。ぞくぞくとテレビやプロレス雑誌で知る先輩達が道場に姿を現した。

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Comment

  1. より:

    渕選手へ
    大切な一歩を踏み出した時のご様子、拝見しました。厳しい世界と思いながらも憧れの世界に飛び込んで行く人の姿は格好良いですね。これから新しい世界へ歩んで行く方々も勇気がもらえる事と存じます。是非続きのお話も伺いたく、よろしくお願い致します。
    桃の節句を迎えて暖かくなって参りました。季節の変わり目で体調管理が難しいですが、何卒お疲れになどなりません様にご自愛くださいませ。

  2. ルター レンジ より:

    キックボクシング山田ジム
    日本拳法空手道、山田辰雄師範のジムですか?
    安部譲二さんが解説者、日本テレビキックボクシング中継を思い出します
    キックボクシングジムと合同の道場だったとは
    昭和、プロレスラーに職業戦士の風格が、プロレスに殺気が漂っていた時代

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