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バーンガニア死去

公開日: : ブログ

バーンガニアも逝ってしまった。もっとも89歳だもんなぁ。長生きの方だな。晩年は10年ばかし認知症を患っていたという。1976年3月、ジャンボ鶴田試練の十番勝負の最初の相手として全日本プロレスに初めてやって来た。それまでは国際プロレスにだけ来日経験ありだったよね。私はまだ22歳。初めてじかに見るガニアは当時50歳になるかならないかの年代。だが肌艶は良く意外に若かった。常にグッドコンディションに体調管理をしているようで、日大講堂での鶴田戦では当時25歳の鶴田さんに動き負けをしていなかった。1本目はガニアのスリーパーホールド。2本目は鶴田さんのジャーマンスープレックスホールド。決勝はガニアのバックドロップを防ぎ両者リング上ノックアウトの引き分け。ガニアがジャーマンで取られたのは彼の長いリングキャリアの中でも結局は唯一のことではなかったか?驚きの光景だった。ガニアはその5年後に再び全日本に来日し、今度は馬場さんの3千試合記念の相手となった。この試合も引き分けとなったが、その年の年間最高試合に選ば
れた。当時私はアメリカ遠征中。この馬場対ガニア戦は後にビデオで見た。名人対達人の感で、まさに一見の価値あり〓ガニアはどんなタイプのレスラーと戦っても常に基準値を超える試合内容を見せた。180センチなかったと見られ、レスラーとしては小柄な部類に入るガニア。それでもまさにチャンピオンであった。89歳…、死因まだ不明のようだが、私にとって理想のプロレスラー像である。合掌。

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Comment

  1. より:

    渕選手へ
    ブログ拝見しました。ままならない事とは言え訃報が続くなんて悲しいです。Mr.バーンガニアと言えばスリーパーホールドと笑顔の写真を覚えています。残念でなりません。心からご冥福をお祈り致します。

  2. ルター レンジ より:

    朝日新聞beランキング「記憶に残る昭和の外国人レスラー」
    私なら。「メキシコの巨像」ジェス・オルテガ、「赤覆面」ミスター・アトミック、「ダッコちゃん」リッキー・ワルドー
    少年漫画の登場人物のような「プロレスラー」

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