週一で東京に
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飲み会ではなく右目の定期検診のため。また来週も上京する。昨夜は検診後、友人のギタリスト打田さんと食事。打田さんはビール飲みながら、こっちはノンアル。長年の呑兵衛人生を過ごしてきた者としてなんとも味気ない!(笑)網膜剥離の手術によりまだ右目は霞んだまま。まぁ今月いっぱいは断酒を宣告された。昨夜は四ッ谷、六本木と居酒屋のはしご。旨い料理を食す。普通なら熱燗一献して料理を食す。〆鯖、サザエのつぼ焼き、馬刺し…。料理が旨い分、一献できないのがどうにも虚しい!(笑)右目の定期検診と共に循環器の定期検診もある。腰痛は今のところ発症してない。頼むからこのまま腰痛は大人しくしてもらいたい。これが年を取るってことなんだろうなぁ(笑)。以前、馬場さんが試合前にリング上で股割りのストレッチをやっていた。「20代の頃は俺は身体が柔らかかったんだぞ。ヨガの行者のように片足が頭の後ろまでもっていけたんだから。今じゃ信じられんだろうなぁ(笑)」。股割りの角度は90度ぐらいしか開いてなかった(笑)。何度も前屈しながら「これが年を取るってことだな」と言って苦笑いしていた。当時馬場さんは50代だった。私は馬場さんの亡くなった年齢をとうに通り越した。目、歯、腰、そして心臓。…嗚呼、早く一献傾けたい❗️
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渕選手へ
ブログ拝見しました。検査で数値が確認出来るのもありがたいですが、ご友人とおしゃべりしながらのお食事が一番の回復方法かと存じます。やはり健康第一・体が資本ですので、無事に回復してくれる事を願います。どうぞお疲れになどなりません様、ご自愛くださいませ。
お疲れ様です。確かに晩年の馬場さんは、腕なども細くなってましたので、投げ技はもう出来ないだろうなぁ、と勝手に思ってました。しかし、馬場さんが55歳ぐらいの時だったと思いますが、川田にいきなりパイルドライバーを喰らわせたので、正直驚きました。馬場さんの底力を思い知らされました。
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