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またまた鶴田さんの話

公開日: : 最終更新日:2018/12/20 ブログ

鶴田さんとはよくバスタオルの引っ張り合いの練習をやった。主に腕立ての後にね。体力腕力とても敵わないから私だと相手不足だったことはまず当たり前。そこで私を相手にした後、デストロイヤーとやっていた。デストロイヤーも結構引く力強かったから鶴田さんと互角の引っ張り合いをしてた。双方にとっていい練習だったんだろうなぁ。元々はルーテーズが日本に持ち込んだタオル引っ張り合いの練習法。今じゃ各レスラーもやってるわな。引く力の強い相手とやらないと効果ないがね。若手時分、鶴田さん、デストロイヤーとやって私は鍛えられた。腕立ての後にやるってのがミソだね(笑)。20代の頃は代謝がいいから毎日激しい練習しても夜は遊びに出掛けた。ディスコが流行ってた頃か?よく新宿のカンタベリーハウス(今はもうない)なんかに若手3人で行ったもんである。練習で疲れ果てスクワット運動で足腰ガタガタでも遊びたい気持ちの方が強かった。若手同志で出掛ける時は渋谷新宿が多かったが、鶴田さんが一緒になるとスポンサー柄みで銀座赤坂六本木となった。「こ
の世でただ一つ確かなことは人は死ぬってことだけだよ。他のことは全て不確実なもんだ。どう転ぶかわからない」。かの池波正太郎も同じことを言っている。「タイムマシンが出来ない限り時は戻れない。覆水盆に返らずだ。失敗しようが何しようが今を大事に生きるしかないんだよ」。たまに出掛けない時はこういった話をしばしば合宿所でしてた。馬場さんの影響で鶴田さんは読書家でもあったな。うんちく話は決して嫌いではなかった(笑)。「俺達は若い。だけど時は常に流れ、すぐに30代40代になる。馬場さんが言ってたけど年とれば年々1年が短くなるんだって(笑)。若いうちにやることは悔いなくやらなきゃ渕君。女に振られることなんてたいしたことじゃないよ(笑)。たけど先のことも考えないとな。俺はそれなりに考えてるよ。いつまでもこの仕事出来ないだろう。えっ?渕君」

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Comment

  1. より:

    渕選手へ
    鶴田さんのお話、拝見しました。先の事を考える…とても難しい事をされていたのですね。単純に観客のわがままとして、いつまでも試合観戦したい、プロレスラーで居て頂きたいと願っております。何卒お疲れになどなりません様、ご自愛くださいませ。

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