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馬場さんの命日

公開日: : ブログ

1999年1月31日だから、もう19年も前か。馬場さんが亡くなっていろんなことがあった…。私はプロレス少年の頃からジャイアント馬場のファンであった。高校でアマレスをやるようになって将来はプロレスラーになりたいとの想いが一層強くなってねぇ。憧れのジャイアント馬場の下でプロレス修行が出来たならとね。夢が叶い馬場さんが設立した全日本プロレスに入門して早45年目。時の流れは早い。ジャイアント馬場ファンの少年期からはすでに半世紀を超えた(笑)。ま、それはさておき、私が思うに馬場さんほど一流外国人レスラーのライバルが多かった人はいないんじゃないだろうか。馬場さんの全盛期となると1960年代中盤から70年代全般にかけてだが、当時はまた個性的なアメリカンレスラーが多数いた。その一流どころ殆んどと馬場さんは対戦している。特に日本プロレス時代のインター戦とかワールドリーグ戦とかね。対戦相手に恵まれていた。それだけ馬場さん自体が凄い存在だったんだよ。よくジャイアント馬場の四大ライバルと呼ばれているのが、サンマル
チノ、キニスキー、エリック、ブラジルであるが、その他にもデストロイヤー、ブルーザー、クラッシャー、コワルスキー、コックス、シュナイダー、モンスーンなどいた。最近のプロレスファンはわかるかな?(笑)全日本プロレス時代では、ブッチャー、ファンクス、レイス、ブリスコ、ロビンソン、ブロディにハンセン。大変な顔触れだ。こういった一流どころとメインで迫力ある攻防を大観衆の眼前でやってたんだものなぁ。あえて言わせて貰うなら幸せなプロレス人生だったんじゃないかな。若手の頃、リング下で馬場さんとこういったレスラー逹との試合を間近で見ている時は一ファンに戻っていたな(笑)。テレビ画面で観ていた試合が今目の前でやってる〓てね(笑)。馬場さんを始め殆んどの大レスラー逹はすでにもうこの世にいない…。あの当時を懐かしく感じる世代は50代後半以上だろうねぇ。

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Comment

  1. より:

    渕選手へ
    「馬場さんの命日」拝見しました。仰る通り、本当に長い時間が過ぎました。試合観戦していた期間の何倍も過ぎている事を思うと涙が出てしまいます。試合観戦出来る事は貴重な時間を頂いている事と改めて思いました。これからも試合観戦させて頂きたく存じます。まだ寒波の影響が続いていますので、何卒お疲れになどなりません様にご自愛くださいませ。

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