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縁(えん)

公開日: : ブログ

ゴールデンウィーク終わったけど、まぁ暑くなったり寒くなったりで体温調節というか体調管理が大変だよね!こういった時に風邪ひいたりするんだよな。気をつけよう。さて縁だよ。なんにしても縁なんだよ。人と人との縁はむろんのこと。私の場合、1冊の本、雑誌、それも古本屋で買ったプロレス雑誌が縁となって、このプロレスの世界に入ったんだもんな。1965年7月号のプロレス月刊誌の中の小さな白黒写真、それはチャンピオンベルトを巻いたルーテーズの全盛期の姿。逆三角形の上体のなんたる格好良さ〓格好いいなぁ〓と憧れたね。そして母の一言。「兄ちゃんも身体鍛えたら、こんな身体になるんやない?」。本当何気ない根拠も全くない軽い一言。小学校6年だった私は純粋に母の一言を信じたね(笑)。それから毎朝早起きしてランニング、学校から帰ったらエキスパンダー(古いねぇ)運動と腹筋運動。少しでもルーテーズの格好いい身体に子供ながら近づきたかったんだろうなぁ。将来の夢を持ったんだな。1冊の本でね。思い返せば、その古本屋のプロレス雑誌が縁だ
った。半世紀以上昔のこと(笑)。そして人との縁。1966年、ルーテーズ来日。ジャイアント馬場と対戦。いくら馬場でもルーテーズには勝てないだろう。あの当時ルーテーズはチャンピオンではなかったがファンならずとも世界一のプロレスラーだと認められていた。そのルーテーズに勝ったことでいっぺんにジャイアント馬場のファンになった。プロレスラーになりたいと真剣に考え始めた。それから10年もたたずにプロレスラーになれた。それもジャイアント馬場の会社で。馬場さんの還暦試合の対戦相手となり、結果的の最後の対戦相手にもなった。今から半世紀前、プロレスはテレビ中継があり、それも視聴率が高いゴールデンタイムであった。ジャイアント馬場のファンは何千万といたはずだ。私は遠く離れた北九州の一ファンだったんだ。それがなぁ…、すべては1冊の雑誌との縁がスタートだったなぁ。

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Comment

  1. より:

    渕選手へ
    「縁」拝見しました。仰る通り、あの時に兄が週刊プロレスを買わなかったら試合観戦する事は無かったと思います。おかげ様で人生の損失を防ぐ事が出来ました。何かの行動のきっかけに成るご縁は不思議なものですね。ご縁をきっかけに行動させてもらえた事に感謝しております。気温も湿度も安定していません。何卒、風邪などお召しになりません様、ご自愛くださいませ。

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